仕事人としての東京ガスラグビー部 / works

第9回:小関大介 前篇

仕事と両立をするコツは、今一番職場で信頼できる人を、
一度でもグランドに呼ぶこと。
僕は朝礼で、職場の仲間へ向けてラグビーの試合動向を伝えていました。

今年(2014年)で入社何年目になりますか?プレーヤーとしては最年長ですよね?

はい、入社から数えると19年目になりました。かれこれ5年くらいは最年長としてプレーをしていますね。(笑)
1995年、花園の予選が終わった高校3年生の年、たまたま当時コーチをしていた山下さんが東北大会を見にいらしていて、監督を通じて東京ガスにお誘いいただきました。
僕としては、卒業後は一般入試で日体大へ進むつもりでいたんですが、声をかけて頂いた後で東京ガスについて調べたところ、当時日本代表だった中村さんなどの有名選手も在籍しているということが分かり、興味をもちました。
今だから言えますが、当時は仕事内容については正直なところよく分かっていなかったですね。

当時は「入社」というよりも「入部」感覚だったのですね。高校を卒業してから入社前後のことを教えてください。

入社前はなんにも考えていませんでした。練習は夜にしているということすら、入社試験を受けにいった時に知ったくらいで。でも、そんな環境で上部リーグにいるのは凄いなと感じたことを記憶しています。その後、練習に参加するようになると、まずはグランドが素晴らしいと思いました。

仕事としては、はじめの配属先が戸塚支社という、仕事も先輩関係も非常に厳しいと噂の部署に決まりまして、はじめの2年間は今思い返しても大変でしたね。朝早く来て机を拭いて……、と、こちらのほうがラグビー部よりもよほど体育会でした。
しかし、この2年間が今に活きているように思います。
「仕事の責任感に年齢は関係ない」
「その日の仕事はその日のうちにしっかりやりなさい」
ということを教わりました。

仕事、部、そして、東京での生活が同時にスタートしましたが、当時を振り返っていかがでしたか?

僕は寮生活をしていたのですが、今と違って寮の振り分けが「ラグビー部棟」のようになっていて、いつでも部員と一緒だった。そのおかげですぐに馴染みましたね。僕の部屋は4階だったんですが、3階の階段すぐのところに尾関さんという先輩がいまして、練習後にはいつも飲み会をしていて常に扉が開いていたんです。
毎度、尾関さんに見つからないようにそーっとスリッパを脱いで上がるんですが、どういうわけかいつも見つかる。笑
尾関さんの部屋にはいつもたくさんの人が集まっていました。

そうなると、「仕事」と「ラグビー」と「飲み会」の両立ですね。体力的にきつそうですが、どうやってこなしていましたか?

そうなんです。大抵、練習が終わったあとは飲みに連れていかれる。でも若かったんでしょうねえ、それで身体が辛かったとか嫌だったという記憶はないですね。
ただ、今それをやったらさすがにキツイでしょうね……。

職場でも中堅になった今、ラグビーを練習する時間の捻出方法としてなにか工夫はありますか?ご自身の仕事の管理はできても、部下がいるとまた時間管理術が変わってくるように思います。

まず、自分自身の時間管理についてお答えすると、熊谷さん(ライフバル推進部)もこの連載でお話しされていましたが、練習日の17:30以降はきっぱりと切り替えて、仕事のことは考えない。これがコツです。僕の場合、もともと配属先が、残業のあまり多くないところだったので、そこで早いうちに割り切る思考ができたというのはあると思います。

また、後輩との連携について話すと、今の部署では自分が一番下なのですが、その前の5年間は後輩がたくさんいました。その時期も練習のある日は、ほったらかし。その代わり練習のない日にみっちり後輩指導をするようにしていました。

チーム全体を見て、あ、こいつ今やばいかなと思う人、業務の経験が比較的浅いメンバーをなんとな~く横目で見ています。書類がたまっている人などは本人に気が付かれないように見ています。

具体的には、書類が多い業務なので僕は「しまうだけのもの」と「決裁にまわすべきもの」とクリアファイルで分けるようにしているんですが、その方法を定着させていましたね。

後輩の見守り方は部でのそれと似ているかも知れないですね。
確かに、部でのやりとりと同じですね。見守る姿勢がよく似ています。

*前篇に引き続き、次週中篇をお届けいたします。(2014年4月28 日更新予定)

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