仕事人としての東京ガスラグビー部 / works

第1回:今森甚 前篇

学生時代は「若いうちにできることをやっておけ。本気で日本代表を目指そう」
と勧誘され心が動いたが、
「仕事だって若いうちしかできないことがたくさんある」
今、時間が過ぎて、それを痛感します。

まずは、東京ガスラグビー部を知ったきっかけを教えてください。

はじめに僕がラグビーを始めたのは3歳の頃。物心がついたときにはラグビーをしていました。ラグビーを始めたのも、東京ガスを知ったのも、実は年子である1歳上の兄の影響なんです。

僕は大学2年のとき、半年間ラグビー留学をしたのですが、そのあとで兄も留学にいきました。そこで、東京ガスからラグビー留学に来ていた阿久根さん(主務 2013年現在)と兄が出会います。

そんなことがあったのち、僕は大学4年になり、就職について考える時期を迎えます。企業については詳しくなかったので、兄と父に相談をしました。
当時トップリーグからもいくつか誘いがあり正直かなり迷っていましたが、阿久根さんからいろいろ聞いて帰国した兄に強く薦められ、東京ガスラグビー部の入社試験を受けてみることになりました。そこまで同志社で入部している年代の近い先輩は全くいなかったのですが、柴田さん(部長 2013年現在)をはじめたくさんの方が力になってくださいました。

もともと仕事とラグビーを両立したいという気持ちがあったのですか?

そうです。
中学入るときから父に、「勉強とラグビーの両立を絶対にしろ」ということをずっと言われてきたんです。だから社会にでてからも、今度は「仕事とラグビーを両立していきたい」と自然に思いました。トップリーグでプレイしている人の話も聞いたことがあったんですが、ほとんど仕事をさせてもらっていないチームも多かった。それは嫌だったんです。

東京ガスへ来ないか?と言われたときのエピソードでなにか覚えていることはありますか?

キャリアパスや福利厚生等の資料を見せてもらって、学生の自分からすると随分惹かれたことを覚えています。笑
また、当時、27歳くらいだった阿久根さんが、片手に日経新聞を持っていたんです。その頃の自分は日経新聞なんて興味もなかったし、当然読んでいなかった。きっと阿久根さんも僕と同じような学生時代だったんじゃないかなと想像すると、少しの間でこんなふうに変われるのかなと思い描いたことを覚えています。

なるほど、カッコいい30歳手前像が、ラグビーだけではなかったんですね。
そうですね。その時に阿久根さんになんだか憧れたし、気がつけば今自分も興味をもって日経新聞を読んでいる。感慨深いですね。入社後の仕事について教えてください。

新宿で導管経理の仕事を4年間していました。その後、今の本社勤務です。入社のときの上司が、ラグビーが好きな方で、応援してもらうことができました。ありがたかったです。

ご自身は上長に恵まれたということですが(ちょっと聞きづらい質問ですが)仕事とラグビーの完全両立を目指す方針である部として、上長によって練習に行きやすい・行きづらいはあると思いますか??

0ではないかもしれないけれど、本当に多少の差なのだと思います。普段は練習のために、残業せずに帰社することがあったとしても、練習を終えてから会社へ戻って書類をまとめたり、朝早くに仕事をしたりしていれば、きっと仕事人としても認めてもらえる。上司もしっかり部下の行動を見てくれると思うので、もともとはラグビーを知らなかった人でも、部下として賢明になっている姿を見ていてもらえたら、きっと味方になってくれるはずです。

両立のコツはなにかありますか?

コツ…ですか。
経理は季節によって仕事の変動があるので、年度末、年明けが忙しいんです。このころは、運動部に所属していないメンバーが勤務時間をすべて投下しても終わらないなか、僕らには練習があるわけです。経理という部署柄、宿泊施設があるわけでもないし、そんなときは「気合い」ですね。
あとは、やるべきことにきちんと優先順位をつけること。このスキルは練習時間を確保しなくてはならない分、早めに身に付くように感じます。これは自分の後にはいってきた後輩を見ていても感じることです。経理以外の業務でも同じことが言えるのではないでしょうか。

(インタビュア:高野美穂)

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