ラグビー部の歴史 / history

第9話:栄光と苦難(語り手:宮島・守屋・尾関)

知っているようで知らない、所属チームの歴史。データだけでは分からない部の成り立ちを探るため、当時の様子や思い出を織り交ぜて、各時代のキーマンに語って頂く企画です。

今回は、前回の3人(打矢、中田、吉村3氏)からのご指名で、1994年から3代のキャプテンを務めていた、宮島さん(1994-95)、守屋さん(1996-97)、尾関(1998)さんにお話を伺っていきます。

左から、守屋さん、宮島さん、尾関さん。こうして3人が並んだ写真は意外にもほとんどなかったと言う。

本日はよろしくお願いいたします。まずは、ここまでの連載を読まれていかがですか?

宮島:打矢さん、吉村さん、柴田さんの頃のお話というのは比較的身近ですが、樋野さんや山部さんの回の記事を読むと、やっぱりこういう方々がいて、今があるのだなということを感じました。

守屋:(東京ガスラグビー部は)会社が主体的に動いて作った部ではなかったということは知っていたのですが、エピソードと共に部の起源のようなものを知って、こういうスタートだったからこそ、その思いが今も繋がっているのだと思いましたね。面白く読んだ部分としては、柴田さん、田中さん、塩入さんの人間関係や役割分担について。外から漠然とキャラクターの違いのようなものは感じていましたが、当時もいろいろあったんだな、と。

宮島:僕が入ったときには創部からすでに15年程度が経過していて、そのときには既に関東社会人1部リーグにも上がっていたし、とんとん拍子にきている印象があったのですが、実は樋野さんなどが本当にご苦労をされていて、廃部の危機まであったなんていうことは全く知りませんでした。

尾関:自分が現役だった時はOBの立場をあまり気にしたことがなかったんですが、いざ自分がOBという立場になり、こういう話を見たり聞いたりすると、先の皆さんが脈々と築いてきたいい雰囲気が今も続いているのかなと思いましたね。

今回の3名は東京ガスが東日本社会人リーグに昇格した後の栄光であり、最も大変だった時代のキャプテンに当時の気持ちを聞いてみたい」とうことで、前回の吉村さん、中田さん、打矢さんからのご指名です。今でいうトップリーグにあたる東日本リーグに昇格した直後の、当時の様子を教えてください。

宮島:当時、僕の1つ前の主将である打矢さんとは同じ建屋で仕事をしていたのですが、ある日突然お昼に誘われて、その一食だけで、主将を引き継ぐことを納得?説得?させられました。(笑) 東日本リーグに昇格した秋田市役所との試合の後にも、打矢さんと柴田さんからなんとなく来年やってよ、というような打診はあったのですが。

東日本に昇格した1年目は、はっきり言って(東日本)リーグ8チームの中で、間違いなく実力が見劣りしていました。ですので、この年の本音ベースでの目的は「いかにこのリーグにしがみつくか」だったんです。そのためにターゲットを絞って、どうやって勝ちに行くかということを常に考えていました。最終戦の釜石は惜しかったのですが、最終的にこの年は、結局NECからの1勝しかできませんでした。

初年度の星取り表。NEC戦は相性がよかっただけではなく、宮島さんにとって個人的に力が入る理由があったのだとか。(本文にて種明かし)

宮島:やはり、公式戦で勝てないと辛いんですよね。吉村さんや打矢さんが言っているように、当時のスタッフのミーティングは今思い起こしてもあまり楽しくやった記憶がないです。それでも、しょっちゅう集まっていました。守屋とは建屋も一緒で、当時のバックスのキャプテンだったので、本当によく相談していました。2年目は少し良くなり、リーグ戦で NEC と釜石に勝ち2勝できた。そして、目標であった全国大会出場を果たすことが出来た。

宮島さんにとって、特に印象に残っている試合を教えてください。

宮島:いい意味で印象に残っている試合としては、対NEC戦、東日本リーグでの初勝利です。この時は、「絶対この試合には勝つぞ」という気合いで戦略を立てて臨んだ覚えがあります。当時の対戦相手にトンプソンというNo.8の外国人選手がいて、彼を止めればなんとかなると分析し、22-16で勝利!また、違った意味でとにかく記憶に残っているのは、熊谷での東日本初戦の東芝戦。とにかく暑かった!1試合で8キロ痩せた選手がいたくらい。結果は3-48だったけれど、これ普通の気温だったら90点くらい取られたかも知れない実力差だったと思うんだけれど、東芝の選手が暑さでバテてくれた。(笑)

東日本リーグに昇格した初戦のラグビーニュース。タイトルの通り、試合結果は東芝府中を相手に3対48。

毎試合、綿密なミーティングを経て戦略を立てて試合に臨んでいたとのこと、これまでのインタビューでは(謙遜も大いにあると思いますが)あまりそういうお話は聞かなかったのですが、これらは宮島さんの意向だったのでしょうか?

宮島:ただ単に僕らの頃は、対策なくしては勝てなかったんです。(関東社会人リーグ)2部、1部にいたころは、どこか個人の実力だけて勝ててしまうところがありましたが、東日本に上がってからはシーズン前に全チームとの対戦を睨んで、「ここには絶対勝ちに行く」「ここには下手すれば試合にもならない」と勝てる試合を絞り込まざるを得なかった。どうしたらこのリーグに食らいつけるか、どうしたら「1勝」ができるか、つけ込む箇所を探す必要がありました。具体的にはNECと伊勢丹と釜石にターゲットを絞って、勝ちを目指していました。裏話としては、8チームある中、NECと伊勢丹は主将が偶然学生時代の同期だったんですよ。当時NECはなかなか強かったんですが、自分が主将の間は一回も負けていない。ちょっとした誇りです。

1995 年度全国大会初出場の予選リーグ3戦目。当時、7連覇を続けていた神戸製鋼との試合前のトス。(写真右は、神戸製鋼の堀越主将)

宮島:ただし1つ1つの試合を相手に合わせて組み立てるとなると、どうしたって相手の弱みにフォーカスせざるを得ないため、自分たちのスタイルを固めることが難しくなるというのが悩みでもありました。加えて難しかったのが、メンバー選考。先の課題とつながるところがありますが、優先すべきは若手の成長なのか、当面リーグに食らいつくことなのかに答えは出ず、けれどとにかく降格は避けなくてはということで、結果的に長い目で東京ガスラグビー部の発展を考えるというよりは、まずは今年、そして翌年、というように取り組んでいたように思います。

例えばね、どうにかゲームを成り立たせるために、実はすでに引退していたOBの塩入さんに頼み込んで選手として戻ってきてもらったことなんかもありました。塩入さんはスクラムのベテラン。当時のチーム構成を考えるとどうしても必要な存在だったのです。僕が主将をしていた2年間は、我慢できず短期的視野に立ってしまいました。

それから、当時は主務に柴田さん、副務に鵜沼さん、相談相手には守屋、と頼もしいスタッフが揃っていました。会社とのやりとりも、前の世代の皆さんのおかげでこの頃には随分と整っていたのだと思います。自分は、グラウンドに集中できました。キャプテンは自分でしたが、この頃も守屋が一番具体的に働いてくれていて苦労をしていたと思っています。そうして、1994、95年と自分が主将をした2年間を終え、主将を守屋に受け継ぎます。

東日本リーグ初戦の東芝府中戦。試合のほとんどがディフェンスでした…。アタックした記憶がないので貴重な1枚です。

【本日の3名 PROFILE】

■宮島 勝利
1991年 入社。西部事業本部 総務部 勤労グループ
1993年 西部事業本部 営業設備センター 設備企画グループ
1998年 西部事業本部 広報部 料金グループ
1999年 西部支店 総務広報部 総務グループ
2000年 西部支店 総務広報部 広報CSグループ
2002年 北部支店 総務広報部 総務グループ
2004年 都市リビング事業部 営業推進グループ
2006年 株式会社ガスター 総務部
2011年 IT活用推進部 ITビジネス総務グループ
2015年 エネルギー生産部 生産総務グループ

■守屋 泰宏
1992年 入社。西部事業本部 計画部 経理グループ
1994年 西部事業本部 計画部 事業企画グループ
1997年 西部事業本部 企画総務部 勤労グループ
1999年 都市エネルギー事業部 西部都市エネルギー部 営業推進グループ
2002年 人事部 人材開発グループ
2006年 広域圏企画部 広域総務グループ
2011年 広域圏企画部 広域企画グループ
2012年 広域圏企画部 東京ガスエネルギー(株)出向
2014年 資材部 資材グループ

■尾関 義紀
1993年 入社。西部事業本部 杉並支社 総務グループ
1996年 西部事業本部 計画部 料金グループ
1997年 西部事業本部 広報部 料金グループ
1999年 西部導管事業部 西部ガスライト24 設備保安グループ
2000年 西部導管事業部 計画推進部 総務グループ
2003年 人事企画部 人事企画グループ
兼 人材サポート部 健康福利室
2004年 エネルギー企画部 エネルギー企画総務グループ
2005年 都市エネルギー事業部 都市エネルギーカスタマーコミュニケーショングループ
兼 都市エネルギー事業部 都市エネルギー企画グループ
2007年 都市エネルギー事業部 法人営業第三グループ中央
2008年 都市エネルギー事業部 都市エネルギー企画グループ
2010年 関連事業部 東京ガスケミカル㈱出向
2014年 リビング営業部 リビングマーケティンググループ
2015年 リビングマーケティング部 リビングマーケティンググループ
兼 リビングマーケティング部 商品開発グループ
兼 燃料電池事業推進部 燃料電池企画グループ

第9話に引き続き次月、第10話をお届けいたします。

(インタビュア:高野美穂)

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