ラグビー部の歴史 / history

東京ガスラグビー部の成り立ち、これまでの歴史について、時代ごとのキーマンを集めて語っていただきます。

 ここまで、すでにコーチとしてのご経験を伺ってきましたが、日本代表コーチになると、遠征、合宿などもあり、仕事のやりくりも一人の努力という範疇を超えてくるように思います。

まさにその通りなのですが、だからといってすぐに人事異動ができるわけではもちろんありません。この時は、導管での仕事についており、仕事上の立場も、現役時代とは少し変わってきていて部下も持ち始めていました。ラグビー関連の仕事で出ていく僕本人が2倍忙しくなる分にはいくらでも引き受けますが、職場に残される部下の立場としたら、上司が頻繁にいなくなるというのは、どうかと思いますよね。当時は自分がやらなくちゃいけないことを考えて絞ってやりくりをしましたが、やはり大変でしたね。職場の上司や仲間の協力なしにはどうにもならず、自分がラグビーに関わらせてもらえることへの感謝の気持ちを現役以上に感じるようになりました。ここまでも仕事とラグビーの両立ということはずっとやってきたつもりでしたが、まるまる一定期間不在というのはこれまでにないことだったので、ナショナルチームのコーチとしてコミットすると、なかなか個人の努力だけではカバーが難しく、会社とも話し合って仕事上の立場を変えてもらいました。現在は広報部のCSR室に籍を置いています。ラグビーを通じた社会への貢献という表現をすれば見栄えは良いですが、事実として自分の好きなことをさせてもらっているわけですから本当にありがたいことです。活動を通して社会貢献をするというだけではなく、僕がナショナルチームでコーチという経験をすることで学んだことが、先々の会社やラグビー部にとってプラスになると考えて、ラグビー部幹部の皆さんが会社と話し合いをしてくれました。そういう意味では本当に感謝の気持ちです。

練習オフの日に、選手達とクレムリン宮殿に行った時の集合写真。一番左が元木由記雄ヘッドコーチです。写真の中には、石原慎太郎(現サントリー)、伊藤平一郎(現ヤマハ、日本代表)、上田竜太郎(現NTTコム)、彦坂圭克(現トヨタ)、榎真生(現NEC)、三上匠(現パナソニック)、鶴谷昌隆(現NTTコム)、山下昂大(現コカ・コーラ)、武者大輔(現リコー)、堀江恭佑(現ヤマハ、日本代表)、滑川剛人(現トヨタ)、内田啓介(現パナソニック、日本代表)、阪本圭輔(現サントリー)、春山悠太(現トヨタ)、トニシオバイフ(現神戸製鋼)、中鶴隆彰(現サントリー)、彦坂匡克(現トヨタ、7人制日本代表)、といった、現在トップリーグで活躍している選手達、それから現在東京ガスで活躍中の工藤元気(現東京ガス)がいます(中瀬さん談)

 仕事と選手を両立させて選手としてやってきた東京ガス前半戦、仕事とコーチを両立させている後半戦、ここまでを振り返っていかがですか?

選手としては1年だけ幸せな時代を過ごして、そこから9年は苦労しかなかったわけです。(笑)でもね、その中でたくさんの気づきを与えてもらった。このうまくいかない時期に人として一番成長させてもらったようにも感じるんです。今、僕は42歳。ラグビーは6歳からやっているので、もう人生の大半がラグビーと共にあるわけです。ほとんどの人としての成長はラグビーを通してありました。ちょっと大げさですが、日本のラグビー界への恩返しをしたいと思っていて、東京ガスでラグビーに関わることも恩返しの一つだし、ナショナルチームを率いるというのはわかりやすい貢献です。もう選手としてはできないけれど、コーチとしてならまだまだできる。この貢献を続けていければと思っています。

コーチとして大切なことは、自分が関わるチームへのロイヤリティーをどれだけ強く持てるかに尽きると思っています。まだまだボランティアのコーチが多いラグビーという世界であれだけの時間を割くというのは、簡単にできることではないです。「こいつらを絶対に勝たせたい!!」という絶対的な思いがないと良いコーチングはできない。その気持ちは選手にも伝わりますよね。
日本代表のコーチをするというのは、自分が生まれ育ったこの国で、自分が最も貢献したいラグビーの力になれるということ。これがどれだけ、自分にとって名誉なことか。選手を離れてもこうしてラグビーと付き合えるのは本当に幸せなことだと思います。最近ではテレビの解説の仕事をさせてもらったりもして、新たな分野でのチャレンジにとても充実感があります。解説の仕事もコーチ業も人にわかりやすくラグビーを伝えるという意味では共通点もあって、新しいことをやってみると他の事へも作用してくる気づきがあっておもしろいです。
そしてもう一度、こんな自分を支えてくれている職場の皆さんや家族への感謝を何度も伝えたいです。

 外の世界をたくさん見てたくさんのことを感じたあと、改めて東京ガスラグビー部を見つめた時に、どんなことを考えますか?

僕自身もほぼ同じような環境の中、東京ガスでラグビーをやってきたので、選手達がそれぞれの年次でどんな葛藤を抱えながらやっているのかは、ある程度想像できます。ただ一つ伝えたいことは、現役生活というのは本当に限られている。僕がいくらラグビーが好きでも、もうプレイヤーとしてはできないわけです。つまり現役の選手は、今後も続くであろうラグビーとの生涯に亘る関わり方の中で、今、最も貴重な時間を過ごしていると思います。環境を嘆いて腐って過ごしてもそれも一年だし、その与えられた環境の中で覚悟を決めてベストを尽くすのもそれも一年。コーチもそうですが、現役は特にそうです。「やる以上は自分自身で覚悟を決めてやってほしい」、というのが伝えたいことですね。チームの状況はさておき、自分自身のベストなプレーをする。変えられるのは他人ではなく自分です。

 引退後に漠然とした不安を持っている現役選手もいると思います。その後のラグビーとの関わり方について、先人としてアドバイスをお願いします。

前提として、純粋に、損得関係なくラグビーが好きであれば、関わるチャンスは自然とやってくるように思います。自分も初めからナショナルチームのコーチになることなど想像もしていませんでしたから。だから、もし何らかの形で今後もラグビーという素晴らしいスポーツと付き合っていくためには、まず本人が、ずっと・ちゃんとラグビーを好きでいること。そして巡ってきたチャンスに対して自分が「チャレンジしたい」と思えるかどうか。それからそのチャレンジを応援してくれた人への感謝を忘れないようにすること。ここが大事だと思います。

 現在ではコーチとしてのキャリアも10年以上になりました。選手としての気の持ち方とくらべると、コーチという仕事は、即効性がなく気を長く持つ必要があるように思います。中瀬さんがここまで続けてこられた理由はどこにあると思いますか?

前の回答にもつながりますが、ひとつ言えるのは、僕は誰よりもラグビーが好きです。東京ガスにもラグビーが好きな人はたくさんいると思いますが、一番好きな自信があります。怒られるかな……(笑)選手とコーチの両方を経験してみて、選手よりコーチの方が大変ですよ。コーチが一つ一つの準備に費やす時間と労力を考えたらコーチの方が大変。これは間違いないです。それでも全く苦には思わないんです。選手一人ひとりが成長していく姿をちょっとでも感じられたとき、当たり前ですけれど、喜びを感じます。自分自身は選手としてトッププレイヤーにはなれなかったという思いがあって、その「これだけ努力してもチャンスを活かすことができない」という悔しさや、ラグビーに対して現役時代にやり残したような気持ちを、コーチという役割で今果たせているように感じる部分もあります。また、コーチという立場で段階を踏んで新たな発見があるというのも僕がこの仕事に魅了されている理由なのかもしれません。

2時間に及ぶロングインタビューに少しの隙間も与えずに常に情熱をもって答えてくれた様子から、中瀬さんが今の状況を心から楽しんでいる様子が伺えました。

次回はまた通常通り、「部の歴史」の続きの年代をお届けいたします。お楽しみに!
(インタビュア:高野美穂)

【PROFILE】
■中瀬 真広

■中瀬 真広
1996年 入社。中央事業本部 南部導管ネットワークセンター 総務グループ
2000年 南部導管事業部 計画推進部 経理グループ
2004年 緊急保安部 保安統括グループ
2008年 神奈川導管事業部 計画推進部 総務グループ
2011年 人事部 人材開発室
2015年 広報部 CSR室

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